前回の続きです。設楽金山を訪ねて関係者への聞き取り調査と現地を歩きます。はてさて、何か見つかるのか?
前回はコチラ→幻の金アンチモン鉱山 歴史に埋もれた設楽金山を探す旅①
設楽金山を訪ねて3000歩?(聞き取り編)
文献調査で無事に、設楽金山と言う名前、短い間だけ採掘をしたと言う事、拡幅された道路の情報は得られたものの、詳しい位置が分からなかった。ただ、幸いにも採掘に従事した関係者の名前が分かったので電話帳片手に目星を付けた同じ苗字の方のお宅へ電話をしてみた。
岐阜のじーさん:「□□と申しますが、◯◯様のお宅でしょうか?」
関係者家族:「...そりゃ、死んだひーじいさんやね。」
ビンゴ!一発で引き当てるのは運が良い?いや綿密な下調べのおかげ?
岐阜のじーさん:「...昔、付近で採掘をしていた金山について、◯◯さんが開発に関わったと聞いたのですが、何かご存知無いでしょうか?」
関係者家族:「うーん、聞いた事あるけど、あまり良く覚えて無いなぁ。下の集落のお寺の前に坑道が有ったようやな?」
岐阜のじーさん:「(こりゃ文献と全然違うやん。)詳しい方は他にご存知ないでしょうか?」
関係者家族:「郷土史を書いている△△先生なら良く知っていると思うがね?昔、ひーじいさんに話を聞きに来てたと思うがね。」
岐阜のじーさん:「ありがとうございました。」
と言う事で△△先生にお電話(幸いにもネットで調べたら出てきた)···電話の声から御高齢のようで色々話しを聞かせて下さったのだが、まとめると
・集落の外れに確かに有った。(集落のお寺は間違い)
・鉱山跡には竪坑もあり子供の頃は良く石を投げ入れて遊んだ。
・竪坑の深さは結構あり、石を落とすと水の音がするまで数秒は有った。
・役場が危ないとして今は片付けてしまったと思う。今は竪坑も埋まっている。
とこんな感じであった。うーん、こりゃ現地に行っても何もないか?
ちなみに現地案内を乞おてみたが、「もう高齢で体調も優れないので···」とお断りをされてしまった。貴重な話を電話でお伺い出来て感謝である。そんな事で大体の目星を付けて現地に向かったのである。
設楽金山を訪ねて3000歩?(探索編)
先に道路の名前が分かったと書きましたが、長い長い年月で道路の名前も位置も変わっていました。しかし古地図をいろいろ見るとやっと文献に出てきた県道の区間がぼんやり特定出来ました。と言う事で後は足で稼ぐ...大体の目星を付けたところまで車で行き、後は谷筋を歩くしかないと判断をして現地へ。ちょっとしたスペースを見つけて車を停め、胴長に登山リュック、ヘルメットに手袋を着用。ハンマーとパン皿をリュックに入れて先ずは傾斜の緩いところから谷筋へ下降。
谷筋に降りて早々に、どーんと大きな岩脈がお出迎えをしてくれたのである。岩脈!岩脈と言っているがこんな感じ(リンク先)で周りの岩石に対して別の岩石が貫入している。そして貫入した岩石が周りの岩石より硬いと侵食に耐えて飛び出している。今回見つけた岩脈はかなり硬く、川にせり出すように残されていた。そして谷筋にいくつも岩脈があることから、ここら一帯は岩脈のメッカであると再認識をして少しテンションが上がる。

川を遡上しながら転石をみたり露頭の岩を叩いたりしてみましたが、···残念ながら金属なんて全然ない。パン皿でパンニングをしてみても砂鉄がチラホラで金はもちろん黄鉄鉱も全然無い。こりゃ今日は坊主かな?もう諦めて帰り道で日帰り温泉でも行こうかと思いながら川沿いを歩いて行く。川沿いを歩くと平坦に書きましたが、川は岩脈や凝灰岩がせり出しており砂礫が切れているところも多くて、結構大変でした。
そして1時間くらい探索をしていると、目の前に石垣が現れたのである。谷川沿いにどーんと現れた石垣、こりゃ何かある?と川から上がり転がるの石を見てみると···あっ汚いけど水晶(本当に汚い···)、これは勝ち確だね?

どうやら鉱山跡に着いたようである。そしてすぐ上には戦前に拡幅工事をしたと言う車道が見える。車から約2キロ、意外とあっさり見つかって良かった。
一旦切ります。
続きはコチラ→幻の金アンチモン鉱山 歴史に埋もれた設楽金山を探す旅③
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